521: 1/2 2014/01/06(月) 21:06:40.11
とりあえずいろいろ落ち着いたので書いてみる。

昨年12/22、父が亡くなった。
享年72歳。
やせぎすで俺が知ってるだけで肺気キョウを2回やってた父はタ*コと珈琲が大好きだった。



スポンサードリンク




スポンサードリンク


一生職人でい続けると豪語してたんだが、事実入院中も仕事のことばっか考えてたよ。
医者が大嫌いで、泣き言を言わない、ザ昭和の爺さんて感じだった。
痛いって単語を父の口から聞いたことがなかった。

その父が11月中旬にどうもムネが痛いと言って自分から病院に行ったんだ。
本人は、また肺気キョウと思ってたらしい。
ところがCT撮ってみても気キョウではない。
それどころか、変な影があるってことで総合病院で受診することになっのが11月下旬。
診断結果は本人が医者から聞いたらしいんだが、
その時点で原発性は肺癌と膵臓癌、さらに転移で肝臓癌がみつかった。
医者には家族には絶対言うなって言ったらしい。
結局、数日後入院して母にも告知されたわけだが。
その後、いろいろ診察するも膵臓がエンドステージで肺も肝臓に転移があるためオペできるレベルじゃないとか。
もともと泣き言とか男らしくないことが嫌いな父だったのだが、医者にたいして苦しまずに安楽死させてくれと申し出たそうな。
本人の強い希望もあり、結局ドルミカムを処方する方針となったがある意味緩慢なジサツであり、家族全員に告知なしには処方できないと。
ここでようやく、俺に連絡が入るが仕事中のため留守電にメッセージ。
内容も火急の用件につき明日か遅くとも明後日には実家に来るようにと事務的な内容。
理由を知らなかったので、600キロも離れた実家に仕事があるのに火急の用件だけで呼び出されても困るってことで軽く言い合ったのも後悔。
12月17日、主治医と家族そろって面談し病状説明と本人の意思を聞く。
医者曰く、普通の人なら11月のCTの時点でかなり辛かったはずなのに、痛いとも苦しいとも漏らさない精神力がすごいと。
本人の意思どおりドルミカムを処方することに異存はないか確認された。
入院中でタ*コも吸えず、もっともその体力も残されてなさそうではあったが、
ドルミカムが入り始めたらもう意識レベルが下がり起きることもなくなるわけで病院の敷地内なのだが、父と一緒にタ*コを吸いに出たよ。
吸い終えて病室に戻り、父が満足したので寝かせてくれと。


522: 2/2 2014/01/06(月) 21:15:49.55
医者との相談通り、ナースセンターに連絡し点滴を頼む。
不意に、今俺が頼んだことは父を殺す薬を開始してくれということなんだと自覚し病院の廊下で泣いた。
それが父の望みだとしても、父を楽にする薬だったとしても、本質的に父を殺す薬を依頼したことが悲しかった。

最後の1本のタ*コが父が好きだった銘柄じゃなく俺のタ*コでよかったのか?
自分のちっぽけな仕事のために、なぜ言い合いになったのか?
嫁も孫も見せられずに悪かった。
放蕩息子で悪かった。
親孝行できずに悪かった。
18で家を飛び出してから、18年間ろくに会話もなかった。
顔だって数えるほどしか見せてない。
迷惑もたくさんかけた。
後悔だけしかない。

その俺が父を殺す薬の最終決断をしたのだ。


524: 名無しさん@HOME 2014/01/07(火) 09:06:22.58
>>522
2行目3行目で落涙

>病院の敷地内なのだが、父と一緒にタ*コを吸いに出たよ。
吸い終えて病室に戻り、父が満足したので寝かせてくれと。

良い時間が持てましたね
「満足したので寝かせてくれ」
それが全てでは?

お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます   合掌


スポンサーリンク

 


おすすめサイト最新記事!!