744: 名無しさん@おーぷん 19/09/24(火)21:35:50 ID:cH6
私は八男四女、大家族の二番目の長女なんだけど、家には母親が二人いた。

その母親のうち、私の実母は父の妻でもう一人の母親は父の愛人というやつだった。





それぞれ双子を含む子供を六人ずつ産んでいて、それは全員父の子供(兄の提案で)。

746: 名無しさん@おーぷん 19/09/24(火)21:52:36 ID:cH6
私達は母のことを「お母さん」、愛人のことを「ママ」と呼ぶことを強制されていた。
(それでも思春期の弟達は反抗しておばさんと呼んでいた。)
表向きには「シングルマザーで六人もの子供を抱え、兄夫婦の家に同居する伯母」ということにされていたが、私達が以前間違えて外でママと呼んでしまい、一時期近所でヒソヒソされたこともある。

幼い頃、私は愛人のことを「叔母さん」と思っていた。
だから私は愛人の子供のことを「従兄弟」だと思っていて、学校等でもそう答えていた。

けれど高校に上がったある日、いつものように帰宅すると、愛人と母が父を真ん中にして同じベッド(兄弟が多いので、かなり大きかった)で寝ていた。
しかもはだかで。


慌てて起こして問いただすと、予想だにしない返答が帰ってきた。


元々父、母、愛人は全員同じ児童養護施設出身の幼馴染で、異常に結束が強かった。
けれど高校を卒業したタイミングで施設を出た母と

747: 名無しさん@おーぷん 19/09/24(火)22:04:18 ID:cH6
愛人が揃って父に告白、そこで父も「母も愛人も同じくらい愛してる。選べない」と打ち明けたそうだ。
普通ならそこで父をぶんなぐると思うのだが、母と愛人同士も常にべったりで、最終的には専業主婦希望の愛人を周囲には内緒の内縁の妻に、就職先の決まっていた母が父の正式な妻になり、三人で愛し合うことで落ち着いたらしい。

↑のことを打ち明けられた時が人生最大の修羅場だった。

ちなみに兄弟の中では「愛し合ってるんだしいいんじゃない派」と「月経的に無理、頭おかしい派」に別れて暫く険悪なムードが家庭内に漂っていた。


父は元いじめっ子で正直クズだったし、それを擁護する愛人と母のことも軽蔑していたので、私は大学進学を機に家を出て(情けないことに学費は親に出してもらった)、今も疎遠。

三人だけで十二人育てたのは凄いと思うが、私自身も家庭を持ち、余計に親の思考が理解できなくなった。

あんなに嫌っていた愛人がつい先日亡くなり何故か泣いてしまったので、吐き出します。


慣れてないもので、誤字脱字しているかも。
何度も途中で投下してしまい申し訳ないです。


元スレ:今までにあった最大の修羅場を語るスレ9
https://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1489655833/